年末になるといろいろなことが起こります。
ブランド管理上ゆゆしき問題が発生したり、心筋梗塞で倒れる人がいたり、いずれも当事者がかつての部下だったり同僚だったりで、心が痛みます。
なかなか平和に年を越させてくれません。神様が問題を提起してくれているのでしょうか。
いよいよ明日は大晦日、今日もできなかった年賀状書きをやらなくては・・・・・・
2005年のアーカイブ
千里浜は凄かった
昨夜、銀座の千里浜でアンコウ鍋をやる会がありました。この店は結構古くて、いつ頃からやっているかは聞いたかも知れませんがすっかり忘れていまして、少なくとも20年以上前からやっています。
年末ということもあって、大盛況で、ずっと満席状態でした。最初に乗り込んだのはボクでしたが、ママから「今日は混んでるからよろしくね」と早く切り上げろと念押しをされましたが、始まってしまえば相手も忘れてしまって、関係ない状態。
途中で「お刺身はもうすぐ切れるからね」とか「白子はあと10人前しかないからね」とかいろいろ情報を入れてくれるので助かります。
この時期はアルバイトの若いお姉さんがいたりして、違った意味でも活気があります。
山野楽器店について
ボクは永く銀座に勤めていますので、山野楽器は昔から格好の隠れ家となっています。暇になると上から下までブラブラしながら時間をつぶすのです。
ここの社長の山野政光氏はなかなかの粋人と伺っています。かつてはハワイアンのバンドを率いてレコードを自主制作したりしたそうです。このメンバーにはボクの入社試験の時の最終面接官(当時の社長)もいたそうで、何だかとても嬉しくなります。
銀座の楽器店と言えばこの山野楽器店と7丁目のヤマハです。ヤマハのビルは今でも素敵ですが、ちょっと距離があり、譜面や書籍を探しに行く以外はご無沙汰気味です。譜面と書籍に関しては今でもヤマハが一番でしょう。
その点、山野楽器はロケーションの良さ、店員さんの気持ちの良い接客で、如何にも銀座らしいお店と言えるでしょう。
未だ復調せず
今年はどうも調子が良くありません。先週は発熱で休んだり、この三連休も、本当に三連休してしまったりで、今年は最後まで調子が取り戻せませんでした。
特にこの週末はクリスマス商戦の現場を見て歩くところですが、体調不良甚だしく、もっぱら静養に努めておりました。
今も医者が処方してくれた抗生剤と鎮痛剤を飲んだところです。
2005年はこれで封印です。
ツリシチェワを思い出します
かつてソビエトの女子体操界にツリシチェワという名選手がいました。
正確な技術と美しさを見事に融和させた「芸術」と言っていい素晴らしい演技で、ミュンヘンオリンピックから75年のヨーロッパ選手権まで個人総合V7を成し遂げた選手です。
しかし23歳で迎えた最後のオリンピック、モントリオール大会で、あのコマネチと同僚のコルブトにメダルをさらわれてしまったのです。
むしろそれは「盗まれた」と言った方がいいかも知れません。
超高級難度の技を正確にこなすだけのコマネチやコルブトが評価され、「流れ」とか「表現」とか言う、芸術的な要素を持ち合わせていたツリシチェワは全く評価の対象外のようでありました。
小さな少女が軽業を連発するたびに拍手喝采をする、これではまるで角兵衛獅子と同じです。
ボクは今でもモントリオールの金メダリストはツリシチェワであるべきだったと思っています。
ところでいま女子スケート界が同じような話題でもちきりです。ボクはISUの判断は正しいと思います。
みんな本当は、カタリナ・ビットのような選手を見たいのではありませんか。カルガリのあの「カルメン」を越えるスケーティングを見たいのではありませんか。
だって角兵衛獅子はどこまでいっても角兵衛獅子なのですから。健気だとは思いますけどね。
25回目の12月8日
1980年の12月9日(火)の夜、ボクは銀座で飲んで、いつも通りタクシーで帰宅したのです。恐らく午前零時前後。
家に帰り、当時はそれが格好いいと思っていた、最後のビールの栓を抜き、日テレのイレブンPMのエンディングを何気なく見ていました。
藤本義一が「海の向こうのアメリカでは、ビートルズのジョン・レノンが射殺され」と言うコメントが突然耳に飛び込んできました。あれから25年経ったのです。
翌朝、ボクは札幌に出張して、その夜生まれて初めて吐きました。飲んで吐いたのは、後にも先にもこの時限りです。
その後1週間、同じ服を着て喪に服しました。ボクの大好きなジョンが、もう同じ空気を吸っていない悲しみをこらえながら。
サザンを見に行く
今日、家族を引き連れて東京ドームにサザンのコンサートを見に行きました。相変わらずのエンターテイメントです。
でも一番欠けているのが「余韻」。あれだけのヒット曲を引っさげて、如何にも惜しい気がします。桑田の意向が強いのかも知れませんが、構成にひと工夫あったら最高のライブになるのに・・・
しかも今夜の音響は最悪でした。スピーカーの出力が海外組と全く比較にならないくらいチープ。さらに桑田のヴォーカルがこれまた最悪。声はいつも通り出ていないのですが、オート・チューンかけまくりの、ガイド・ヴォーカル併用のと、カラオケ機能を駆使したヴォーカルでした。
そしてアレンジは相変わらずのビートルズのパクリ。Getting Better、Fixing A Hole、She’s leaving home、エトセトラ、エトセトラ。
そんな中、今夜の一番のハイライトは、アンコールの1曲目「水道橋ブルース」の“ハクション!”から「勝手にシンドバット」に移る場面。
これは素晴らしい流れでした。涙が出るくらい感動的でした。そしてその後の「TSUNAMI」はだめ押しでしたね。このアンコールのためだけに8000円払っても惜しくはなかったですね。構成さえしっかりしていれば、絶対「万円」の入場料を取れるコンサートになります。
ちなみに今夜は、有料入場者数3万5千人、実数4万人という感じでした。だって今季の巨人戦より断然多いんですから。
エステ体験
銀座にエステができることになり、今日トレーニングを兼ねた体験コースに参加しました。
フェイシャルとデコルテ(肩から胸)のコースです。デコルテはリンパの流れを良くするということで肩凝りにもいいらしいです。ただ胸をマッサージされているときは何やら怪しい気分になりそうでした。
フェイシャルマッサージの最中、意識が朦朧となるくらい気持ちが良かったです。と言うか眠りに落ちるのを我慢するのに必死でした。
本来このエステサロンは女性が対象なのですが、トレーニング期間ということで特別に男性二人の枠を設けてもらいました。そのひとりに選ばれて(と言うか、ボクの部門で選んだのですが)幸せでした。
これは本当に気持ちがいいです。メンズエステを探してみようかなぁ・・・・
吉村順三のこと
今日NHKで吉村順三という建築設計家を特集した番組をやっていました。
青山タワービルも彼の設計です。宇崎竜童はここのタワーホールで、あの「知らず知らずのうちに」を弾き語りで唄い、注目を集めたのです。これは伝説となっています。実は拙作「こんな風に」はこの曲の構成がヒントになっています。
よく銀座から車で246を走ってきて、タワービルが見えると「青山だ!」と思うのです。
つまり青山って結構エリアが狭いのです。
タワービルが見えて、スパイラルの前を通って、青学を過ぎると、もう青山ではなく渋谷なのです。そう言う意味でも、これからもずっと青山のシンボルであって欲しいですね。
それから千住真理子さんが毎年冬の雪の中でコンサートをする、八ヶ岳高原音楽堂も吉村順三の設計です。これは毎日芸術賞を受賞しています。今でもとても素敵なたたずまいをキープしています。
ところでボクがよく行った清里にある山荘も吉村順三の設計によるものですが、これは後から手を入れているところが的外れで、吉村順三の意図を全く理解していない、と今年の夏に連れて行った同僚のデザイナーが呆れていました。貧すれば鈍すでは、ちょっと悲しいです。
蕉雨園に行く
朝から椿山荘の裏の蕉雨園に行きました。ノリタケの展示会が開かれていたからです。
目白からバスに乗ったのですが、今日は椿山荘で「おしゃれ着物コンテスト」があり車内は昔お若かった女性たちで満員でした。
蕉雨園は椿山荘、講談社の野間記念館と隣接していて、緑豊かな一帯を形成しています。園の方のお話ではこのあたりには狸が生息していて、わるさをするようです。
昨日は深酒をしたにもかかわらず、いろいろな意味でいいお酒だったので、朝からスッキリした気分で蕉雨園を楽しむことができました。
ところでレザンドレ・オ・ソーテルヌというチョコレートがあります。レーズンを貴腐ワインにつけ込み、チョコレートでくるんだものです。これはね、絶品ですよ。
日本橋三越のB1と恵比寿ガーデンプレースにあるワインマーケット「PARTY」でしか買えません。小さな箱入りもありますが、やはりワインのハーフボトル入りが、らしくていいです。
熱い紅茶を飲みながら少しつまむと、昔、渋谷の東邦生命ビル(現・クロスタワー)の32Fにあったカフェ・レジャンスでお茶していた頃を思い出します。青山方面がカフェで、目黒方面がレストランだったので、カフェからの眺望は最高でした。
何だか急に青山界隈の懐かしいことを思い出してしまいました。コーヒーは「チックタック」、チーズケーキは渋谷駅前の「フランセ」、パンは「アンデルセン」か「ドンク」、ちょっとしたケーキなら「クリエイト」。それにノンノから抜け出たような若くてファッショナブルで素敵なママがいた「ヒロ」。
一緒に行ったみんなはどうしているのでしょう。