銀座にエステができることになり、今日トレーニングを兼ねた体験コースに参加しました。
フェイシャルとデコルテ(肩から胸)のコースです。デコルテはリンパの流れを良くするということで肩凝りにもいいらしいです。ただ胸をマッサージされているときは何やら怪しい気分になりそうでした。
フェイシャルマッサージの最中、意識が朦朧となるくらい気持ちが良かったです。と言うか眠りに落ちるのを我慢するのに必死でした。
本来このエステサロンは女性が対象なのですが、トレーニング期間ということで特別に男性二人の枠を設けてもらいました。そのひとりに選ばれて(と言うか、ボクの部門で選んだのですが)幸せでした。
これは本当に気持ちがいいです。メンズエステを探してみようかなぁ・・・・
11月 2005のアーカイブ
吉村順三のこと
今日NHKで吉村順三という建築設計家を特集した番組をやっていました。
青山タワービルも彼の設計です。宇崎竜童はここのタワーホールで、あの「知らず知らずのうちに」を弾き語りで唄い、注目を集めたのです。これは伝説となっています。実は拙作「こんな風に」はこの曲の構成がヒントになっています。
よく銀座から車で246を走ってきて、タワービルが見えると「青山だ!」と思うのです。
つまり青山って結構エリアが狭いのです。
タワービルが見えて、スパイラルの前を通って、青学を過ぎると、もう青山ではなく渋谷なのです。そう言う意味でも、これからもずっと青山のシンボルであって欲しいですね。
それから千住真理子さんが毎年冬の雪の中でコンサートをする、八ヶ岳高原音楽堂も吉村順三の設計です。これは毎日芸術賞を受賞しています。今でもとても素敵なたたずまいをキープしています。
ところでボクがよく行った清里にある山荘も吉村順三の設計によるものですが、これは後から手を入れているところが的外れで、吉村順三の意図を全く理解していない、と今年の夏に連れて行った同僚のデザイナーが呆れていました。貧すれば鈍すでは、ちょっと悲しいです。
蕉雨園に行く
朝から椿山荘の裏の蕉雨園に行きました。ノリタケの展示会が開かれていたからです。
目白からバスに乗ったのですが、今日は椿山荘で「おしゃれ着物コンテスト」があり車内は昔お若かった女性たちで満員でした。
蕉雨園は椿山荘、講談社の野間記念館と隣接していて、緑豊かな一帯を形成しています。園の方のお話ではこのあたりには狸が生息していて、わるさをするようです。
昨日は深酒をしたにもかかわらず、いろいろな意味でいいお酒だったので、朝からスッキリした気分で蕉雨園を楽しむことができました。
ところでレザンドレ・オ・ソーテルヌというチョコレートがあります。レーズンを貴腐ワインにつけ込み、チョコレートでくるんだものです。これはね、絶品ですよ。
日本橋三越のB1と恵比寿ガーデンプレースにあるワインマーケット「PARTY」でしか買えません。小さな箱入りもありますが、やはりワインのハーフボトル入りが、らしくていいです。
熱い紅茶を飲みながら少しつまむと、昔、渋谷の東邦生命ビル(現・クロスタワー)の32Fにあったカフェ・レジャンスでお茶していた頃を思い出します。青山方面がカフェで、目黒方面がレストランだったので、カフェからの眺望は最高でした。
何だか急に青山界隈の懐かしいことを思い出してしまいました。コーヒーは「チックタック」、チーズケーキは渋谷駅前の「フランセ」、パンは「アンデルセン」か「ドンク」、ちょっとしたケーキなら「クリエイト」。それにノンノから抜け出たような若くてファッショナブルで素敵なママがいた「ヒロ」。
一緒に行ったみんなはどうしているのでしょう。
アブデカを見る
今日「まだまだあぶない刑事」を見に行きました。現在もケーブル(ファミリー劇場)で放映中(再放送)で、実は毎週欠かさず見ています。
で、今日の映画ですが、本(脚本)が悪すぎます。タカ、ユージのキャラが全く立っていません。これは最悪です。TVシリーズの方がよっぽどいいですね。本さえ良ければこのシリーズは永遠と言えるのに。
はっきり言って、このシリーズのキャスティングは最高に楽しいエンターテイメントです。それだけに本の出来が惜しまれます!
ちなみに観客の7割以上は20代の人でした。何か嬉しい!
Singerと名乗るのが恥ずかしい
1曲形にしました。ただ声も出ないし、乗り切れないし、まったくSingerと名乗るのが恥ずかしい出来です。
歌が下手になったせいもありますが、引きずっているものがあって、それが8割方を占めています。特にEの音はファルセットで歌うはずではなかったのです。作ったときはちゃんと声が出たのですが・・・
A(イ長調)に移調してみたのですが、却って声が沈んでしまってまるで冴えません。
いつの日か立ち直ったらやり直します。
まだまだ引きずって・・・
自分自身に引きずることがあって、どうも元気になれません。
でも今日は庭園美術館の「華麗なるマイセン磁器」のプレビューに行ってきました。
はっきり言って、大した内容ではありません。庭園美術館ともあろうものがこの程度の展示会(巡回展)に乗るとはね。
関さんは現代美術館へ移ってしまったし、文句を言う人がいなくなってしまい多少フラストレーションを抱えながらも、結構豪華なカタログをもらって帰ってきました。
ただ2階で流していたDVDは結構良かったかも知れません。44分間、全部見ました。ジュエリーやレース刺繍と同じテクニックを使っているのには驚かされました。これは展示品より見応えがあります。
ところで、このところ背中が凝って、痛くて、頭痛がして、その結果声が出にくくて、困っています。
引きずる部分と併せて、辛い日々を送っています。
文化の日
今日はボクにとっては文化の日でした。
この一週間、事情があって書けませんでした。本当は今日も引きずっているのですが、文化の力を借りて書こうという気になりました。
朝10時から銀座松坂屋で「三年式年祭 高円宮殿下をしのんで~宮さまの作品とコレクション展」の開会式、オープニングレセプションに出ました。一年祭の時の「素顔の高円宮殿下を偲んで」はボクが手がけました。愛子さまの写真もそのときが初出で東宮侍従まで確認に行きました。ワイドショーとか新聞とかで結構話題になりました。そのご縁で出席要請があったのです。
夜はサントリーホールで中村紘子さんのコンサートです。何とアンコールを5曲もやってくれました。本当はまだ続くはずだったのです。5曲目がショパンだったこともあり、多くのお客が席を立ちはじめ、拍手が止んでしまったのです。すぐに会場内の明かりがつき、コンサートは終了となりました。
ところが舞台には近衛甯子さんが贈られた花束が残ったままです。この場合、演奏者はもう一度登場するというお約束なのです。この花束を中村紘子さんがピックアップして、はじめてコンサートが終わるのです。
今日の観客、なに?
確かに中村さんも5曲はやり過ぎですが、観客はもっとルールを知れ!と言いたいですね。だって近衛さんの花束ですよ。
ボクの予想では、オーラスはショパンのノクターンをやったような気がします。何故って?
それは彼女の「ショパン・ノクターン全集」を持っているからです。
「歌詞が降りてくる」という現象について
「歌詞が降りてくる」と言ったのは、多分、なかにし礼だったと思います。
昨日の詞は、曲を聴きながら、本当に1分くらいの間に書けてしまったのです。
まるでチェッカーズみたいな詞ですが、メモをとらなきゃと思いながら、あっという間に書けてしまったのです。
作曲し始めた頃の感覚ですね。
曲は、今朝思ったのは、ジョンのDon’t Let Me Downかな?
でもアレンジを含めてこんなに早くできたのは久しぶりです。
歌入れは、最初の通り、Erica My Loveにしようと思います。だって美奈子にしたら、あまりにも悲しすぎます。
歌詞が下りてきた
MINAKO MY LOVE 泣かないよ
キミがもういなくても
いつだって逢えるから
そばにいてくれるから
星になってボクたちを
いつまでも見つめてて
どんな時もきっときっときっと
約束さ泣かないよ
キミがもういなくても
星になってボクたちを
いつまでも見つめてて
どんな時もきっときっときっと
MINAKO MY LOVE 泣かないよ
キミがもういなくても
MINAKO MY LOVE 本当は
涙がとまらない
本田美奈子の死を悼む
「1986年のマリリン」で一世を風靡した頃は小生意気な娘だと思っていました。しばらくヒットから見放されていた頃、一般紙の夕刊で彼女がオーディションでミスサイゴンの主役を得たことを知りました。
正直ビックリしたのを覚えています。元アイドルがプライドを捨ててオーディションという形で自分に賭ける姿に、少し感動しました。日本ではオーディションというのは無名の役者のための仕組みだったからです。それまではかつてのGSの王者ザ・タイガースの加橋かつみ(トッポ)が、ミュージカル「ヘア」のオーディションを受けたくらいでした。これもある意味では出来レースだったのですが、本田美奈子の場合は本当に後がなかったのです。このガッツは素晴らしいと思いましたし、見事にミュージカルの世界にはまっていく彼女の器用さに感心したりしました。
近年ではボクの仕事でも彼女をキャスティングする案が何回か出てきて、ああ、そう言う評価になったんだと思ったりしていました。
島田歌穂にはない革新性が彼女にはありました。それが女性たちの共感を得たのでしょう。
ボクは彼女を起用することをためらい、そして今日、その機会を永遠に失ってしまいました。
昨日思いついた曲、Erica My Loveを彼女に捧げたいと思います。
合掌。