原巨人を思う

プロ野球の監督はふたつの能力を求められています。
ひとつは選手の能力を見抜くこと、
もうひとつは野球の戦術に長けていることです。
このふたつを満たした監督はボクの知る限りいません。
V9の川上監督の戦術頭脳は牧野ヘッドコーチですし、野村監督は再生工場と言われながらも選手の潜在能力を見抜けませんでした。
長嶋は選手の潜在能力を見抜く点では空前にして絶後と言っていいでしょう。自軍の選手はもとより、旧くは落合、最近ではイチローが未だ2軍で全く注目されていない頃に、いち早くその能力を見抜いたことは当事者談話をはじめ様々なメディアで紹介されています。
ところで、原辰徳監督はどうでしょうか。
高校野球ではスーパースター、大学野球では江川、岡田の次、プロでは通算打率2割7分9厘、3割を打ったのは現役15年の内4回です。長嶋の3割5厘、11回に比べると打者としての差は歴然です。
天才は天才を知るという言葉あります。つまり秀でたものにしか分からないものは、残念ながらあるのです。
原監督をみていると、つくづくそう思います。
原監督に期待するのは技術を見抜くことではありません。監督としてのマネジメントです。
スタッフィングや戦術といった、民間企業では当たり前のマネジメントです。
ボクは、ジャイアンツの監督なら出来そうな気がします。コーチングスタッフさえしっかりしていれば後は戦術だけですから。バントする場面にルーキーを起用したり、ツーアウト満塁で9年間のプロ生活で安打を打ったことのない選手を代打に起用するなど、多分カンピューターといわれた長嶋でもしないでしょう。
野球は確率のゲームだということが理解できない原監督が来年もジャイアンツを率いるのかと思うと、気が重くなります。

2006年8月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : Singer