二日連続でGOOD LUCK!!を見てしまった

昨日今日とGOOD LUCK!!の再放送を見てしまいました。
一昨日から一挙再放送だったのですが、一昨日は大二日酔いで朝刊を読んだのは夜だったので、見逃してしまいました。
2003年の1月から3月にかけての日曜劇場枠で放送されたのですが、何か悪くないですよね、このドラマ。何故なんでしょう?

そして今日の17時からは東京FMの「あ、安部礼司」を聴いてしまいました。
今年はこの番組にすっかりはまってしまいました。4月の番組改編で登場したのですが、結構受けているようです。

何だか大晦日という気がしません。
いつもの日曜日、という感じです。

2006年12月31日 | カテゴリー : others | 投稿者 : Singer

つま恋のDVDが届いた

明日発売のDVDが届きました。
「永遠の嘘をついてくれ」はNHKのカメラワークの方が良かったですね。
ただ、ドキュメンタリーで、楽屋で拓郎が中島みゆきを抱きしめるシーンが、一瞬映っていました。
舞台では視線を避けていた拓郎の、気持ちがよく分かります。
別れた女性が、自らの意志で来たのですから。たった一曲のために。
それって分かりますよね。
ボクだったらヨリを戻してしまうかも知れません。拓郎はどうだったのでしょうか。

2006年12月19日 | カテゴリー : music | 投稿者 : Singer

永遠の嘘であって欲しかった

中島みゆきが吉田拓郎のために書いた「永遠の嘘をついてくれ」という曲が、どうも亡くなった先輩と重なってしかたありませんでした。
この曲は男女間、つまり拓郎と中島みゆきの関係を歌ったものだと思うのですが、何故か涙がこぼれてしかたありません。
先輩の病気も、亡くなったことも、永遠の嘘であったらいいと思うのです。

つま恋のコンサートで拓郎と中島みゆきの緊張感は何とも言えませんでした。
ほとんどアイコンタクトもなく、未だに引きずっている姿が、むしろ感動的でした。

Favoritesにアップしましたのでご覧下さい。
john

2006年12月17日 | カテゴリー : music | 投稿者 : Singer

曜日の感覚がなかった

今週は曜日の感覚がありませんでした。昨日は「ああ、もう金曜日なんだ」という感じでした。
週初めに先輩の葬儀があり、何だか気分的にぽっかり穴の空いた状態でした。
今日は叔父の四十九日の法要でした。
長い1週間が終わりました。
吉田拓郎の「今日までそして明日から」という歌が心の中で聞こえています。
これは「旅の重さ」という映画の中で使われていました。高橋洋子演ずる16歳の少女が旅を通して成長していく姿を描いた作品です。素晴らしい映画でした。
成長するのは別に少年少女だけではないのですね。

  わたしは今日まで生きてみました
  時にはだれかの力をかりて
  時にはだれかにしがみついて
  わたしは今日まで生きてみました
  そして今 わたしは思っています
  明日からも
  こうして生きて行くだろうと

  わたしは今日まで生きてみました
  時にはだれかをあざ笑って
  時にはだれかにおびやかされて
  わたしは今日まで生きてみました
  そして今 わたしは思っています
  明日からも
  こうして生きて行くだろうと

  わたしは今日まで生きてみました
  時にはだれかにうらぎられて
  時にはだれかと手をとりあって
  わたしは今日まで生きてみました
  そして今 わたしは思っています
  明日からも
  こうして生きて行くだろうと
  わたしには わたしの生き方がある
  それはおそらく自分というものを
  知ることから始まるものでしょう

  けれど それにしたって
  どこで どう変わってしまうか
  そうです わからないまま生きてゆく
  明日からの そんなわたしです

  わたしは今日まで生きてみました
  わたしは今日まで生きてみました
  わたしは今日まで生きてみました
  わたしは今日まで生きてみました

  そして今 わたしは思っています
  明日からも
  こうして生きて行くだろうと

2006年12月16日 | カテゴリー : others | 投稿者 : Singer

先輩の業績を見直す

先日亡くなった先輩が手掛けたウィンドウ・ディスプレーのポジフィルムを見直しています。
若いときは若いなりに荒削りな時代があったことを再認識しました。人は進歩していくのです。

1977年にデザインした人魚はいい例です。今のボクから見れば、今ひとつの出来映えです。先輩が生きていたら、このボクの評価に対して何と言うでしょうか。
20年前なら笑いながら「生意気なことを言うんじゃないよ」と言ったでしょう。
でも今なら「オレも若かったな」と言うでしょう。

以前、先輩のプロフィールを書くことになったとき、
「受賞歴なんか関係ないよ。今どうか、ということだよ。今。」
と全くとりつく島もありませんでした。と同時に自分の受賞歴をほとんど覚えていなかったことも確かです。
それは常に新しく変わり続けていくという意欲と自負の現れでした。それこそが彼の生き様そのものだったような気がします。

2006年12月15日 | カテゴリー : sorrow | 投稿者 : Singer

先輩を送った

先輩は、制作部門で送ろう!とみんなで決めました。
ライン課長が道案内に立ち、ボクらも受付に立ちました。
弔問に来てくださる皆さんが、流石だね、と言ってくださいました。
それは先輩が流石なのであって、ボクたちはいつも大好きなこの先輩に導かれていたのです。シャイな先輩だからこそ、総務や人事ではなく、いつも先輩を慕っていた後輩たちで送ろうと決めたのです。それは指示や打ち合わせをしたわけでもなく、自発的に参加してくれたのです。
「みんな、ありがとう」という先輩の声が聞こえてきます。
そういうところは結構素直に、スッと言える人でしたから。

実は通夜の時は涙が出ませんでした。先輩はこのひと月で別人の様に痩せ衰えたので、本人を見てもどうも実感がありませんでした。

告別式の最後のミサで神父様が弔電を読み上げた時、ああ、やっぱり死んでしまったんだと思ったら、急に涙が出てきました。後輩たちもしゃくり上げるように泣いていました。泣くなよと言いながら、口元が痙攣していました。

会社から言われるまで、先輩の机はそのままにしておくことにしました。書籍類や電卓やペンや、みんな、そのままです。まるで海外出張に行っているようです。
整理するなよ、とボクは言ってあります。そのままで、明日帰ってくるようにしておくように言ってあります。

それにしても、とても悲しいです。ボクは、本当に悲しいです。
john

2006年12月13日 | カテゴリー : sorrow | 投稿者 : Singer

ボクたちで送ってあげたい

昨日亡くなった先輩の通夜、葬儀の段取り、関係者への連絡を済ませました。本来,社員の葬儀は総務部が全て取り仕切るのですが、今回は先輩が永く所属した制作の連中で仕切ってあげようと言うことになりました。
連絡をしたら、みんな仕事をキャンセルしてボクからの連絡を待っていました。涙が出ました。
それに関係者は、OB、取引先を含め、既に連絡済みでした。何と言うことでしょう。
さらにボクは海外の責任者に連絡をしました。五番街の店をはじめ、海外店舗のディレクションはこの先輩によるものです。まさにグローバルで認められていたデザイナーでした。企業内デザイナーでしたから話題にはなりませんでしたが、フリーランスでも彼ほど海外で実績を上げている人はいません。仕事柄海外のデザイナーを起用することもありました。ただアートディレクターとして、彼は最大の尊敬を受けていました。卑屈にならず、かといって肩肘を張らず、ごくごく自然体でディレクションをしている姿を、ボクは本当にカッコイイと思ったものです。

昨夜は高校の同級生と忘年会でした。酔いたいと思って沢山お酒を呑みましたが、こういうときは酔えないものです。
今夜も沢山呑みました。何だかやり切れません。

2006年12月10日 | カテゴリー : sorrow | 投稿者 : Singer

先輩が逝った

かねてより肺ガンで闘病中の先輩が、今朝亡くなりました。61歳は若すぎます。
ひと月ほど前にいったん退院し、自宅で療養しているはずでしたのでとても驚きました。

この先輩にはボクがPRマンとして駆け出しの頃から随分とお世話になりました。
ブランドとは何か、ブランドコミュニケーションとは何かと、まさに仕事を通じて教えていただきました。

企業にあってこれほど優秀で、コマーシャルバランスに優れたデザイナーをボクは知りません。
数ある受賞デザインの中でも、タイタニック号を木で作り、炭に焼いて、その上にエメラルドのリングを乗せたディスプレーデザインはボクがもっとも感銘し、未だにこれを超えるものはないと思っています。
またモノクロのイメージに商品だけをカラーにするという広告表現は彼が最初に取り入れ、沢山の賞を受賞しました。

1年もしないで、何で逝っちゃうのかなあ。寂しくて、悲しくて、本当に辛いです。
10月30日にお見舞いに行ったとき、息を呑むという言葉がぴったり当てはまるくらい、やせ衰えていました。シングルプレーヤーの面影は全くありませんでした。それでも、まだ帰るな、もう少しいろよ、と2時間もお話をして、帰りがけに握手を求めてきました。
思いがけず力強い握手に、案外大丈夫かも知れないと思ったのですが、本当は永遠の別れを告げていたのですね。
先輩、それはないですよ。

2006年12月9日 | カテゴリー : sorrow | 投稿者 : Singer

荒木経惟を見る

所用で江戸東京博物館へ行きました。丁度アラーキーの写真展「東京人生」が開催中でした。
えもいわれぬ感動でした。写真家・荒木経惟の写真家としての優しさ、残酷さを見ました。
人と時間を見事に切り取ることができる写真家だと思います。日常を時間とともに切り取ることで、一気に芸術のレベルに引き上げています。
母の死、妻の死を切り取り、そして死と隣り合わせの杉浦日向子の写真は残酷であり、しかし彼女はアラーキーの前では幸福そうな表情ではあるのです。
いったいこれは何なのでしょうか。
アラーキーがますます分からなくなりました。
だだし、これは必見の展示会です。

2006年12月7日 | カテゴリー : art | 投稿者 : Singer

はっきり言って、三丁目の夕日、は偽物だ!

これほど東京人を馬鹿にした映画はありません。

1.堤真一のべらんめいは偽物
2.昭和33年以前のミゼットは丸いハンドルではなくオートバイと同じ
3.あの頃の都電はあんなに速くない
4.国鉄の電車もあんなに速くない
5.上野駅前の空は、トロリーバスの架線が結構うるさかった
6.あの頃あんなデブな子どもたちはいなかった
7.くじのハズレは「はずれ」であって「スカ」という言葉は東京になかった
8.テレビの部品は下の部分にあって、ブラウン管と同じスペースにはなかった。当時のブラウン管は異常に大きかったから

やるならちゃんとやれよ!と山崎貴に言いいたいところですが、所詮無理ですね。

以上

2006年12月5日 | カテゴリー : others | 投稿者 : Singer