彼女とは仕事をしたことがありませんでしたが、時折パーティーなどでみかけました。 続きを読む
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前川喜平氏の会見に思う
前川製作所の傍系長男であり、前文部科学次官の前川喜平氏が会見を行った。
非常に不愉快であった。
秋田公立美術大学の不認可問題、新国立競技場建設計画で勘違いのドタバタを演じた張本人である。
そればかりか文部科学省の各種事業の補助金・交付金を目的とした天下りの斡旋、それに伴う人事情報の漏洩があった。
今朝の菅官房長官の会見の通り、本人は全く辞めるつもりはなかったが、結局は辞めざるを得なかった。
その前川氏が今日、会見を行った。
自分たちが国家を動かしているという傲慢な態度が、ありありと見て取れた。
官僚の思いがあがりとしか言いようがない。
政策は政治家が決めるのだ。
官僚は採用された「社員」に過ぎない。
政治家は国民に選ばれた、所謂負託された代表だ。
政治家が「よし、これでいこう」と決めたことに対し、官僚は助言はしてもいいが、俺たちの方が正しいと正面切って言ってはいけない。
前川氏はまさにこれを正面切って言ったのだ。
馬鹿野郎だ。
政治家はこういう馬鹿を、厳罰をもって処すべきであり、中途半端な対応をすべきではない。
前川製作所は1000億企業だ。
傍系とはいえ前川氏も食うに困ることはない。
仮に国家公務員法違反に問われても裁判を維持できる財力もあろう。
彼の妹の婚姻による閨閥や、省内の勢力作りを企図したブログ「奇兵隊、前へ!(http://gimukyoikuhi.blog.so-net.ne.jp/)」など、前川氏の勘違いは枚挙にいとまがない。
国家公務員としては勘違いも甚だしい。
すごく腹が立つ。
デビッド・ボウイ 男の友情
ボウイの死をBBCもCNNも速報で伝えていました。
ボウイを初めて知ったのは1972年にリリースされたジギー・スターダスト。特にスターマンは今でも好きです。
3年前にニューアルバムを引っさげて音楽シーンに返り咲いた時はとても嬉しかったし、その後ほとんど姿を見せなかったのもボウイらしいと思ったりしていました。本当はガンと闘っていたんですね。
本当に残念なニュースです。
ボウイはグラムロックの旗手として、T・レックスのマーク・ボランと人気を二分していました。実はボウイとボランは大変仲が良かったそうです。ボランが自動車事故で死んだ時、ボウイは人目をはばからず号泣したといいます。これは当時の新聞にも載っています。
当時ボランには本妻の他に愛人と彼女との間に生まれた男の子がいたのですが、ボランの遺族は愛人とその子供に対して遺産の分割を拒否、母子は路頭に迷うことに。その時この二人を救ったのがボウイでした。子供が学校を卒業するまで、生活費、学費の一切をボウイが面倒をみていたそうです。そしてこの話は成人したボランの遺児、ローランがデイリーメールに語るまで、ボウイの側からは明かされたことはありませんでした。記事ではローランの謝意に対し、良き友人の家族に対するせめてものことだ、とボウイが言ったと書かれています。もちろんボウイはこの母子と会うこともなく、まるで足長おじさんのように、密かに援助を続けていたのです。
デイリーメールの記事
http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-2025138/How-David-Bowie-saved-Marc-Bolans-son.html
マーク・ボランとの共演
https://www.youtube.com/watch?v=GRR05ImHQqA
マーク・ボランとのリハーサル(音のみ)
https://www.youtube.com/watch?v=nZMpZO0w9ug
鈴木文弥アナ死す
『北から南から、東から西から、世界の若者が』という名調子で始まった東京オリンピック開会式の実況を務めた鈴木文弥アナが亡くなったそうです。
TBSの渡辺謙太郎アナと並んで、日本屈指のライブアナであったと思います。
声がよい、歯切れがよい、発音が正しい、そして卓越した状況伝達能力が共通点でしょうか。
二人とも『台本』を自ら作っておき、その上でライブ感を出すという、これも共通した手法を用いていました。
イマジネーションを掻き立てるという点では、素晴らしいクリエイター、パフォーマーでありました。
日揮という会社はバカとしかいいようがない
一昨年、タイで暴動が起きた時、日本企業の殆どが現地社員の家族を日本に帰しました。
ボクのいる会社でも然りです。
今回はその時よりも数倍危ない状況です。普通は社員本人を退避させるレベルです。
『命令』として帰国、もしくは近隣の国に退避させるのが常識なのです。
そういう意味で、これは人災です。日揮という会社のリスク管理が幼稚すぎます。バカとしかいいようがありません。
ちなみに東北の地震の際、海外ブランドではマネジメントクラスの社員に対して、日本人を含めて日本からの『退避命令』を出しました。
飛行機代、現地での滞在費は会社持ちです。命令ですから、対象者は従わなくてはなりません。従わない場合は解雇になる可能性もあります。
これが世界の常識なのです。
大体、オランドのアホがまともな作戦をとれるわけがありません。
そこまで読むのが企業のリスク管理なのです。
可哀想なのは被害に遭った社員です。
銀座の食べ物屋が潰れていく
今日、銀座2丁目の中華大王に行ったら、厨房周りの人が中にいて、表は準備中の札。
横をみたら『11月9日(金)をもって閉店しました』の張り紙がありました。
先週の木曜日に行った時は閉店の『へ』の字もありませんでした。ですから、今日は『もやしラーメン』を食べるつもりで出かけたのです。
中の人は閉店を知らされていなかったのか、かなり深刻な顔で相談していました。可哀想に。
この店は36年間商いをしてきたそうです。
そう言えば、すぐ近くにあった『ニューキャッスル』も7月で閉めました。
ここはちゃんと予告しての閉店でした。
銀座の古い店がなくなります。
ニューキャッスルか大王でご飯を食べて、斜め前の『ワタナベ・コーヒー』でコーヒーを飲む。
ワタナベ・コーヒーにはいつも可愛いおネエさんがいて、ちょっといい格好しようと思って、ここでホットドッグなんかも食べてしまう。
そんな『時代』がなくなりつつあります。
残るは三州屋だけか。。。ここで刺身定食を食べるなら木曜日です。
と、先輩から教えられています。
バレーボールの松平康隆氏が亡くなりました
昔、オリンピックの開会式の解説で
「入場行進の時にはドキドキして身震いするのは当たり前です。何度経験してもそうです。一流のスポーツ選手はそうでなくてはいけません」
と言っていました。
けだし名言。スポーツに限らずビジネスでもそうです。
感動しないひと、鈍感なひとはダメです。
先輩のお墓参り
今日、クリエイティブの後輩たちと、昨年亡くなった先輩のお墓参りに行ってきました。
本当は明日が命日なのですが、親族の方が来られるだろうと、今日にしました。
ゴルフが大好きだった先輩らしくゴルフ日和でした。お墓にはビールとゴルフボールが供えてありました。どなたかが先にいらしたのでしょう。
お墓の横にはゴルフボールを乗せるティーもさしてありました。
元気だったら、今日はゴルフでしたね。
ボクは心の中で先輩に語りかけました。
「そうだよなぁ」という声が聞こえました。
山口小夜子さんが死んでしまった
素敵な人でした。
ボクは今日、ちょっとショック。
彼女にはイベントでお話をしていただいたことがあります。
小夜子さんの話しで一番印象に残っているのは、随分後になって自転車に乗れるようになり、「風を感じて嬉しかった」ということでした。その自転車で転倒して顔に怪我をして、でもその傷跡がないのは何故?と思ったりして。。。
かつて三宅一生デザイン事務所のチーフデザイナーとして活躍した毛利臣男さんが、「小夜子」と題したイベントを行ったことがあります。毛利さんは猿之助のスーパー歌舞伎の衣装デザインをしている人です。
その毛利さんが10年間に亘って行ってきた「モーリーの色彩空間」で「小夜子」と題した展示を行ったことがあります。七彩が小夜子さんのマネキンを作り、何と資生堂が!!マネキンにメイクを施し、それはもう、たくさんの小夜子さんが会場を埋め尽くしたのです。これは本当に素晴らしい展示でした。
ボクは一体でもいいからこのマネキンを手に入れたいと、毛利さんに冗談半分で交渉してみましたが、「そういう人、多いんですよ」と軽くいなされました。
小夜子さんは女っぽいようで男のような一面があり、でも本当は可愛い女性だったように思います。
何か、本当にショック。毛利さんもショックだと思います。
http://www.linkclub.or.jp/~mroom/contents/sayoko/index.html
ZARDが死んだ
坂井泉水という人は不思議な人でした。多分、色々あって頑張った人なんだろうと思います。
でも何で早く死んでしまうのでしょうか。