同じ店名でジャスミンと読ませる店がありましたが、それとは別ものです。
どのあたりにあったのか全く憶えていません。これは年を取ったせいではなく、銀座で呑み歩いた方はみなさんはそうだったのではないでしょうか。
昼間歩いても分からないけど、夜になってネオンが灯ると何故だか迷わずに行ける、そんな感じでした。
茉莉花は最初会社の先輩に連れられていきました。
「ママ、こいつ新人だからよろしくね」
と函館生まれのママに紹介されてから随分お世話になりました。
この店はボックスシートになっていて、各テーブルには女性が付き、カラオケもありました。
お酒はG&G統一で、社用族が多く、客層も高めでした。
「今度はお友達といらっしゃいね」
というママの誘いに乗って同期の友人と時々行きました。勘定をしようとすると次回まで残しておくように言われ、常に前回分を精算するというスタイルでした。
ふたりで行って1万5千円前後、それが精算の段になると「○○ちゃん途中で下ろしてあげて」と車代として5千円バックしてくれたのです。その「○○ちゃん」は足立区の保木間に住んでいて、ご両親が出てきて挨拶された時はさすがに驚きました。「銀座勤め≠一人暮らし」なんだと。それよりもママにしてみれば安全パイだったのですね、ボクは……
その頃は11時前後で店の女の子を帰す店が多く、毎夜その時間帯には銀座の道という道はタクシーやハイヤーで大渋滞を引き起こしていました。
お客の中にはまだ戦争経験者も多く、場違いな若者はせめてものお詫びにと、おかっぱると灰田勝彦のモノマネが大得意だったボクは「東京の花売り娘」「憧れのハワイ航路」「加藤隼戦闘隊」などを披露したり、同期の男はポケットに手を突っ込んで裕次郎を歌ったりしました。
「キミ、若いのによく知ってるな。ママ、彼に1本入れてあげて」
ということも時々ありました。もっともこの店ではボトルを入れた記憶がありません。ボトルの残りが少なくなると先輩たちのボトルを出してくれたり、「もう帰りなさい」と言ってボトルをしまったりするのです。ところが次に行くと増えてる・・・・
どうやら社用のボトルから少しずつ足してくれていたらしく、会社の金で飲んでいる人より若くて自分の金でしか飲めないお客を助けてくれていたようなのです。大体ボトルは全部G&Gですからどう混ぜようと味に変化はありません。
「会社のお金で来られるようになるまでは特別料金ね」
と言ってくれたママとの約束を果たす前に閉店してしまいました。