ボクはK高原にある牧場で待ち合わせをした。相手は幼馴染みの優子さんだ。ボクたちはK高原で生まれ育ち、高校まで同じ学校に通った。お互いに東京の大学に進学し、優子さんは大手の出版社に就職した。ボクは大学の仲間とバンドを組み、六年間大学にいたが結局卒業できずに音楽の道に進んだ。優子さんは会社で知り合った男性と結婚した。その後離婚を契機に美大に入り直し、絵を描き始めた。そして今は新進気鋭の画家として活躍している。ボクはボクでプレーヤーからコンポーザーとなり、プロデューサーの肩書きをも持つようになった。この間、ボクたちは会ったり会わなかったりという関係がずっと続いている。
その優子さんから今年、暑中見舞いが届いた。それは彼女が描いた八ヶ岳の絵はがきだった。そこには、実家に戻りしばらく八ヶ岳を描いているというようなことが書き添えてあった。音楽を始めてからK高原には2、3度しか戻っていないことに気づいたボクは、すぐに優子さんに電話をした。
それがその日の待ち合わせだ。待ち合わせの時間は11時30分、少し早い昼食を友人の観光牧場でしようという約束だ。
三連休の初日だったので、ボクは東京を朝7時に出た。首都高速4号線を抜け、中央道に入ったところで渋滞につかまった。当初の交通情報では1時間ほどで通過できるはずだったが、時間が経つにつれ、通過時間が延びていった。ボクは彼女の携帯に電話をして事情を説明した。取りあえずそちらに向かっているが、11時30分にはとうてい間に合わない。だから夕食に変更したいと。彼女は快く応じてくれた。
約束の牧場にたどり着いたのは午後3時過ぎだった。当然優子さんの姿はない。
ボクはチリドッグとジャージー牛乳を注文した。パセリ入りのソーセージの上にスパイスの効いたポークビーンズが乗ったチリドッグだ。それにジャージー牛乳のまろやかな味は絶妙な取り合わせだった。ボクはテラスにトレイを持ち出し、八ヶ岳を相手に遅い昼食をとった。
最後の一口を平らげ、牛乳飲み干した時だった。
「どう、おいしかった?」
懐かしい優子さんの声が後ろで聞こえた。ボクは振り向かずに
「とっても!」
と青空に向かって返事をした。すると彼女はボクの前に回り、顔をのぞき込むように
「久しぶりのジャージー牛乳はどんな味だった?」
と訊いた。
「こんな味かな」
と言って、ボクは優子さんにキスをした。
彼女の腕がボクの首に絡んだ時、懐かしい髪の香りがボクの体を突き抜けていくのを感じた。
